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ワッチャプリマジ! 第43話 「勝ちたい!届け、このマジ」 感想

ワッチャプリマジ! 第43話 「勝ちたい!届け、このマジ」 感想

どこまでも自分の信念を貫くひなのマジが熱く迸る!

ひな先輩のマジが勝ちたいという気持ちから生じていることは、これまでのひな関連エピソードにおいても随所に描かれ積み重ねられてきたところですが、それをチュッピとマナマナの両陣営の争いを諌め安寧をもたらしたユーフォリアレビューの性質に鑑み、本当に勝ちたいという思いだけで臨んでいいのかを見つめ直す契機として用いたアプローチが印象的で上手い絡め方でした。

勝ち負けの良し悪しは置いておくとしても、突き詰めれば勝ち負けとは優劣の是非を問うものにもなりかねないし、自分以外の誰かとの争いという避けては通れない一面をも内包したものである。女神ユーフォリアが行った伝承に基づくのなら、勝ちにこだわるというひなのマジは、一見するとユーフォリアレビューの性質に相反するものとも取られかねない一面を確実に含んでいるのです。

ひながモヤモヤした感情を抱いたのもそういう一面があればこそで。しかし、ひなが拘る勝ちたいという欲求は誰かとの優劣を競うものでは基本的にはないのです。そういう一面があることは否定出来ないかもしれないが、それ以上に最高のプリマジスタと認めるジェニファーの背中を追う中で努力し自分を磨き続ける日々の中で芽生える充実感や充足感。

今までの自分になかったものを取り込み、自分を高める過程で色々な人達と切磋琢磨することで広がる世界。勝ちたいというひなの原動力=マジの中で見出すべき彼女の本質とは、即ち自らの可能性の拡張に他ならず、だからこそひなは自分にない資質を持つ人、自分とは異なる考え方をする相手にも寛容でいられるのではなかと思います。

そして、そう在ることが出来るのもそれらが自分をより高みへ導いてくれることを知ればこそではないだろうかと。多様性を認めるというより正解は決して一つではない。時に異なるものとぶつかりながらも、それらが研ぎ澄まされ一つになっていく凄さ、それにより得られる喜びや昂ぶりの素晴らしさを誰よりも実感しているからこそ、プリマジスタ弥生ひなは誰よりも勝ちたい思いをマジに変えて挑み続けるのだ。

ユーフォリアレビューの性質に鑑みた自分の原動力の再認識。状況が更に悪化しチュッピとマナマナの関係が危ぶまれる中で、硬直した態度を頑なに崩さないフェスリダとの向き合い方。それらと弥生ひなのマジを結びつけつつ両陣営がユーフォリアレビューへ向けて互いにどういう関係性を築きながら向き合うのか。その在り方の指針を弥生ひなの生き様で以て示してくれた回でした。今回のひな先輩はいつも以上に格好良く本当に頼れる先輩プリマジスタだったよ。

フェスリダとマツリダの二人が女神ユーフォリアの分かたれた姿かもしれないという仄めかし、もといひゅーいの見立ても驚いたのだけど、この二人の片割れであるフェスリダがチュッピ差別主義者にして過激派の旗印となっているのに対し、もう一方の片割れマツリダはチュッピを愛し彼女らのやりたいことを後押しする存在として衝突する間柄になっている。

この二人の関係性も今回のひなの考え方やスタンスを見た後だと立ち位置や役割に理解が示せるというか。どちらか一方が正しいとか優劣の話ではないのですよね。彼女らが本当にユーフォリアが分かたれた存在でそれぞれが双方の陣営に付いているのも、どちらか一方の陣営だけに肩入れして成否を問われたり優劣が付いたりしないためのものなのだろうと。

どちらにもそれぞれの思いがあって考え方がある。対ジェニファー対策にもたった一つの正解というものはなく、色々な考え方を取り入れたり方策を用意して然るべきなのです。対立するのが目的ではなくジェニファーをどうにかして救い出し、これ以上の悲しみが広がらないよう務めたい。

その点においてチュッピであるプリマジスタ側もマナマナである魔法界側も思惑は一致しており、そこを指して根底にあるものは同じだとしている。ひなのスタンスで皆がユーフォリアレビューに向けて纏まりつつある。このタイミングだから二人の存在の仄めかしは最大限に機能したようにも映りました。

どちらが正しいか間違っているか。優れているのか劣っているのか。そういうことではない弥生ひなの考え方の重要性に関しては、言い争いを続けていた英吉と道人の関係性にも当てはまる。家族を顧みない道人に対して怒りをぶつける英吉の言い分ももっともではあるが、道人のやろうとしていることの重要性もまた間違っているとは決して言えない類のもの。視聴者目線ではそれはハッキリと分かる。

ただ、作中のキャラ目線で見た場合はそういうわけにもいかず。各々が大切にしている領分があって、そこからそれぞれの言い分や考え方も異なったものになっている。しかし、考え方が違っても英吉も道人もまつりたち家族が幸せになれるようにという思いは共通していて、彼ら二人の根底にある思いに違いはないのである。成否でもなく優劣でもないのだ。

にゃんじいの言葉を借りれば子どもたちが状況を打開すべく力を合わせて頑張ろうとする中で、いい年した大人が言い争ったり不安がってどうするんだって話ですが、上述したフェスリダとマツリダの間柄も含め彼ら彼女らが醜い大人の言い争いだけで終わらなかったのも、ひなの存在と彼女の揺らがぬ信念、スタンスがあればこそであり、ひなのおかげで意義のあるシーンになっていたかなと強く感じた次第である。早々にフェードアウトした阿智彦も含め、今後大人たちの面目躍如となる活躍にも期待したいところです。