魔法つかいプリキュア!!~MIRAI DAYS~ 第7話 「刻(とき)をつかさどるもの」 感想

絶望の先にある未来へ進むための道しるべ。




あまねく生命を消してしまう災い。刻の魔獣クロノウストがもたらした影響は未だ計り知れないものがあり、はーちゃんから事の真相を知らされた今もなお脅威として、みらい達の前に立ちはだかる。念願のはーちゃんとの再会こそ叶いながらも、全体的に重苦しい雰囲気が漂い明るい未来への道筋も見いだせないところですが、一筋の光明はやはり彼女たちの過去にあるルーツの中にあった気がします。
アイル曰く本作の時間の概念は一冊の本に例えられる形で示されていました。過去も現在も未来も含めて今までに起こったことやこれから起こることは既に確定しており、例え時間を超越したとしても定められた筋書きを変えることは叶わない。だからこそ彼は幸せだった頃に留まることに固執し、今回敵対してきたクロノウストも幸せだった頃の情景をチラつかせ甘言を用いて誘惑する形を取っている。
仮に自分にとって都合の悪い。今よりも絶望の未来が確定しており自分がこれからどれだけ努力して何をしようともそれが変えられないのだとしたら。今よりも楽しいことや幸せになれることがないのだと分かってしまったのなら。人はどうしても望んでしまうだろう。先へ進むことよりも幸せな今への停滞を。楽しかったあの頃への回帰をどうしたって願ってしまう。それが人の性なのです。
人にとって未来は不確定だからこそ惑うし迷いを生じさせる。しかし、同時にそれでも人が前に進めるのは不確定であるが故に、今よりも希望に満ち溢れる明日を掴み取れる可能性を信じているから。加えて時間の概念は一方向に一意的で進むしかないからこそ、不安があっても人は歩みを止めることなく前に進むしかないのである。
誰の身にも等しくもたらされる時間の流れ。その前提を覆しうる力を持つのが今回の敵クロノウストであり、人が前進する上での前提条件を根本から揺るがすからこそ厄介極まりない存在でもあるのだ。今回囚われた壮太のみならずプリキュアであるみらいやリコが縛られ身動きが出来なくなってしまったのも、まさにこの側面があればこそな感じがします。
その状況を打開しうる術というかヒントは奇しくも囚われた過去の中に。現在の皆を形作るルーツの中に潜んでいたように感じる。みらいとリコにとってははーちゃんとの一度目の別離の時に。壮太にとっては中学時代の旧友との再会の時に。悲しいことや辛い現実を突きつけられて心折れそうになりながらも、それでも信じて進んだ先にあった幸せや希望。
その喜びを知っているからこそ再び立ち上がることが出来るのだと。一度は絶望したはーちゃんとの別れを経た後の再会。その先にあったのは今まで以上にワクワクもんで刺激に満ちた楽しくも騒がしい日々で。壮太にしても大学入学直前の時期や、今回の騒動の直後に訪れた旧友との再会。どうしようもないと思っていた未来に。気落ちした先に望外の喜びがあることを既に知っているのである。
絶望の先に進んだ後に訪れるかもしれない希望に溢れる未来。たとえ僅かであってもその可能性があるから人は前を向いて先へ進むことが出来る。そして肝心なのは未来視で見せられた光景は、断片的なもので全ての事象を網羅したものではないということなのである。壮太にしても見せられたのは数年先のものかもしれないが、その先に関してはまだ分からない。サッカーで大成することは叶わなかったかもしれないが、それ以上の喜びを見出す可能性を否定することは誰にも出来ないのである。
そして、それはみらい達にも同じことが言える。彼女らがアイルに示された直近の未来の光景は、ひーちゃんと一度はお別れするという瞬間のものまでであり、その先に何があるのかは未だ確定していないのである。たとえ彼が語ったようにこの世界の時間の流れが、人一人の人生の描写が本のようなものであっても、望む未来を手にするために努力することを。あがくことを辞める理由にはならない。
何故ならこの時点からの先は未だ不確定のものであり、且つチクルンによってひーちゃんが消滅していない可能性を示唆されたのだから。主にみらいやリコとはーちゃんと別れた過去の描写。そして、今回の「再会」を通して絶望の先にあるかもしれない今まで以上の幸せや喜び。人が前へと進む原動力は如何なるところから生じるものなのかを改めて示してくれたのではないかと思える。
確定した過去のみならず未来まで定められているとするのも、それはあくまでアイル個人が提唱した時間の概念に過ぎない。それが絶対的に正しいとは限らないし、何よりみらい達は今までの自分たちを形作ってきた時間の中で知っているはずなのです。不可能とも思える事象に立ち向かい、それを乗り越えてきたからこそ現在の自分たちがいる。停滞感と閉塞感すら感じる今の状況を打開する鍵は、道しるべは彼女たちを形作る根源の中に既にある。そう思えた回でありました。






いつものまほプリなら大好きなみらいとリコと一緒にいられて、いちごメロンパンを食べているともなればはーちゃんとしてもワクワクもんの楽しい時間になるところ。にも関わらずイマイチ弾けきれずに閉塞感や重苦しい雰囲気を感じさせてしまうところに、今の状況の厳しさを物語っている感じもする。それでもムードメーカーとして皆を優しく見守り包みこんでくれるようなはーちゃんの存在感が際立っていて素敵。
かつてのみらいの言葉を伝えて支えとなるリコを見守る眼差しや、壮太の気持ちに寄り添う励ます姿。甘言に惑わされそうになるミラクルを叱咤激励し、力はなくとも大切な人を守ろうと立ちはだかってくれる姿は、かつてのガメッツ戦でのそれを彷彿とさせるものがありました。奇しくも今は力を奪われ魔法を使えなくなっているはーちゃんなので尚更ですね。
大切なのは力の在りようではなく心の在りよう。心が弱った時に寄り添い支えとなってくれる人が近くにいるのか。手を差し伸べてくれる人がいてくれるのかが肝要なのではないかと。思うに幼少期に両親を失い天涯孤独で生きてきたアイルになかったもの。みらい達やバッティさん等と決定的に異なるところはそれなのかもしれません。繋ぐ手と手が道しるべ。映画まほプリでのとあるフレーズが頭をよぎらずにはいられない。
ともあれ成長したみらいやリコとの身長差だったり、見た目的には幼くあの頃のままの姿ではあるものの、中身はあまねく生命を祝福すべく皆と世界を見守る超越者。偉大なるマザー・ラパーパの力と意思を受け継ぐ者。そんなはーちゃんの存在感を随所で感じられた回でもありました。




本筋とは全く関係ない話だけど遂に姿を現した真の敵・クロノウストの見た目がこんな感じなのに語尾にワンとか付けて軽い感じなのがシュール過ぎてじわじわきてしまいました。作中でみらいとリコも思わずツッコんでしまっていたけど割とシリアス寄りな展開の中にあって、数少ない癒やしの時間だったと言えるかもしれません。
声が三木眞一郎さんなのにこの見た目と軽いノリなのズルい。これもまたギャップが魅力の一例と言えるのだろうか。これで完全体として復活した暁には、一気にイケボがハマるようになるかもしれないので、その辺りのことも頭の片隅に入れつつ今後の動向を見守っていきたいところ。