密やかに伸びやかに

アニメ、PCゲーム、PC関連のニッチな備忘録

プリンセッション・オーケストラ 第17話 「律動する熱情」 感想

プリンセッション・オーケストラ 第17話 「律動する熱情」 感想

胸の内に宿る熱量そのままに自分の好きなことを諦めない道もある。

かがりのクラスメイトにして友人である馳川はやてを通して描かれるもう一つの好きなことに対するアプローチ。前回のながせと田中まいの話の中で描かれていたのは、苦手なことであっても憧れの人の輝きに近づくべく、本来好きで得意なことでもある踊りを控えてでも歌を取り入れるべきなのか。他人との比較を通して自分の好きを貫くか否かというところに焦点が当てられていました。

かがりが悩んでいる様子のはやてを気遣い、彼女のになろうとしていた今回の話は、一見するとテーマや人間関係を含む立ち位置が似通ったものに見えるのですが、実際のところは似て非なるもので。自分にはない輝きを持つながせとの比較で、自分の好きを曲げてでも苦手なことに挑戦しようとしていた田中まいと、自分の中に同じ比重でやってみたいと思える二つの事象を抱える馳川はやての比較構図。

他人がどうこうではなく自分の中で完結し得る悩みを抱えているはやてだからこそ、その答えは他の誰でもなく自分自身が導き出し納得しなければならないもので。何より自分の心が沸き立ち胸が踊ること。心が解放されるような感覚に浸れる。それくらい夢中になれる好きなこと。同じくらい好きでどちらを諦めても後ろ髪を引かれる思いになるのなら二つとも取るしかないのである。

これは「二兎を追う者は一兎をも得ず」とはまた違うベクトルの問題でもある。今回のはやての悩みの本質は輝きたいとか大成したいといった類のものではなく、あくまで自分の心を熱く沸き立たせる。情熱を注ぎ夢中になれる好きな物事が自分の中に二つあり、どちらを選べばいいのか、どちらかを諦めるしかないのかというところに焦点が当たっているからだ。

かがりのように歌うことが楽しく心が解放され自由になれること。そこに重きを置いて自分の好きなこと一直線で一つに絞る生き方もある。しかし、それが全てではなくやり甲斐とか充実感という観点で見た時に、必ずしも好きな物事を一つに絞る必要はなく、同じ熱量で時間や心血を注ぎ、時に別種の充足や満足を得られるのであれば。むしろ一つに絞らない方が正道たり得ることもあるのだろうと。

一つの物事に夢中になり好きなことに邁進することの尊さを描いた次の回で、好きな物事に対して別の視点からのアプローチを試みていたという意味でも前回と今回を比較して見ると、また違った味わい深さや趣のようなものがあって興味深く面白いなと思えた次第です。

覚醒したプリンセス・ジールの新曲も、はやてに対しての助言や指針、覚悟を持つことの意義を歌ったものになっていて良かったし、プリンセスとしても友人としても彼女の悩みに対しては聞き役に留め、彼女が自分自身で出した答えを尊重しつつ、その意思と熱情を陰ながら見守るスタンスに徹していたのも良かったです。自分の中に迸る熱い気持ち。故に他の誰かに委ねるのではなく自らの熱情や衝動に従って突き進む。そういう道もあると思えた今回のお話でした。

前回のながせに続いて今回のかがりもそうでしたが、学校パートで先輩やクラスメイトとの交流シーンも折に触れて入れてくれているのが有り難い。こういう何気ない日常描写の積み重ねによって世界観が広がり奥行きが増すところもあると思っているので。前回のながせとまいのやり取りも良かったのですが、今回のかがりとはやてのやり取りもまた良いものがある。

みなもにとって無二の親友であるなっちとの関係性が不動のものであることは分かっているが、一方でここ最近忙しそうにしていて何かの準備に余念がないなっちの動向も気になるところ。それが前回と今回に関連したなっちが好きなことに邁進しているが故の行動なのか。はたまた…というところで引き続き気に留めておきたい。

なんで男の人がアリスピアに!?というツッコミが入るのも半ばお約束の流れになってきましたが、今回ドランが言っていた「来たのではなく元々アリスピアにいた」という台詞は、バンド・スナッチ側の目的や正体に直結し得る台詞の一つでもあるのだろう。

主にドランが出張ってきたときに触れられることが多く、また女装回の時に昔のことを懐かしんでいた彼の姿というのも記憶に新しいところではありますが、バンド・スナッチの中でもカリストとはまた別の意味で変わった立ち位置にいる彼の独特な役回りとでも言いましょうか。それを改めて意識させられたシーンでした。