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アイカツプラネット! 第8話 「ロックンビート!」 感想

アイカツプラネット! 第8話 「ロックンビート!」 感想

もう一人の自分を通して本来の自分の中にも理想を見る。

どちらも本当の自分!ビートと響子の相関性が興味深い

元々響子がビートとして活動し始めたのは、周りが自分に対して抱く理想像に息苦しさを覚え、高嶺の花として扱われることに対し壁や距離感を感じ、その固定観念とも言うべきものを打破するためでした。そのもう一人の自分であるビートとして活動するときに、壁となるはずの響子としての立ち居振る舞いを面白いと肯定的に捉えられたことで、固定観念を作っていたのは他ならぬ自分自身という気付きを得る構図が興味深かった。

本当の自分はこうじゃないという思いから生まれたビートでしたが、アバターとしてもう一人の自分を別の存在として客観的に見つめ直した上で、どちらも本当の自分だという自己肯定を得る流れは、現実とアイカツプラネット内で二つの姿を持つ本作だから出来る切り口であるなと。自分が理想とする姿を取ることで初めて見える本来の自分らしい姿の中にある魅力や良いところ。

そういう視点や考えに至れるのも自分とは違う自分にもなれる本作の特性があればこそ。自分をもうひとりの自分と切り離せない従来の形だと、自己肯定や自信を得る過程も異ってくるし、描き方も変わってくるので。頼れる先輩や仲間ではなく自分の中から別の自分を生み出し、その活動の中で得た知見から本来の自分の在り方を改めて見ることで、最初は見えなかったものが見えてくることもあるのだろう。

響子本人は当然響子だし自分が生み出したビートも当然響子なのである。どちらも切り離せるものではなく、どちらかが偽物ということもない。響子の時にビート節を炸裂させてもいいし、その逆も然りでビートの時に響子のお淑やかさを出してもいいのです。ギャップ萌えではないけれど、素性を明かし表現幅が広がったことで響子/ビートの親しみやすさや魅力は更に増したんじゃないかな。

なりたい私にミラーインが本作のキャッチコピーだけど、理想の自分になることで却って本来の自分の中に理想を見つけるという一種の逆転現象が生じたことが面白かったです。見た目と中身の不一致性が生じる本作ならではの展開だったんじゃないかな。

あと、一つ気になったのは響子の両親が娘の芸能活動について何も知らなかったという点で。本作では現実の方で正式に芸能事務所に所属してるアイドルという設定なので、未成年者の親が諸々の事情を何も聞かされていないことに対して何か一つくらいフォローがあっても良かったんじゃないかなと思いました。そこで拗れるようなことは望んでないんだけど。

何気に歴代のアイカツ主人公は皆アイカツを始める前に親権者の許諾や応援を得ていたので。なまじアニメの歴代作の方がその辺りしっかりしてただけに、実写も交じる本作だと余計にその辺のリアル事情が浮き彫りとなって違和感を伴うものになっていた気もします。まぁ響子先輩の親が事務所に乗り込んで娘の活動を無理やりやめさせるような親じゃなく理解のある方で良かったということで。

先代ハナを引き継ぎながらも未だ事情を公に出来ない舞桜も、この点に関しては響子と同じっぽいけどどうなのかなぁ。作中本編で描かれてないだけで、いずみさんがしっかりやってくれてるのかもしれないけど。

アイカツプラネットでも遂に来てしまったな…崖と壁を登る時が…!

最早何も言うまいて。次回、登ります!